夢見月の候 劇団もっきりや第30回公演は「アラクネの恋  ──昨日まで傍観者だった貴方に」 

劇団もっきりや第30回公演

『アラクネの恋』──昨日まで、傍観者だった貴方に

  

公演 2018419日(木)~422日(日)
19時/21(土)14時・19時/22(日)14時
※開場は開演の30分前
場所   ART THEATERかもめ座 
東京メトロ丸の内線「南阿佐ヶ谷駅」徒歩5分
「阿佐ヶ谷駅」徒歩10分
03-3393-4058
かもめ座 http://www.kamomeza.com/”>www.kamomeza.com
東京都杉並区阿佐ヶ谷南3-5-2 牧野ビルB1
お問い合わせ・申し込み 劇団もっきりや 03-3389-7057

出演 石出 勇騎/石渡 孝/門岡 瞳/杉浦 久幸/鈴木 あゆみ/中路 美也子/仁志 はじめ

照明 常盤 数行
音楽 天羽 憲治
制作 高橋 省二&もっきりや
チラシ 絵  二瓶 龍彦
デザイン ウガリット デザイン事務所

料金  前売 3000円/当日 3200

アラクネにはわからなかった
神様がなぜそれほどお怒りになるのか
私になぜ罰をお与えになったのか
観たままを観たままにあらわしたのがなぜいけないのか
蜘蛛に変えられて 腹から糸を吐きながら
その糸で機を織ることが贖罪なのか
そうだとしたら
もしもそうだったのだとしたら
>恋人よ 神様に伝えてください
貴方が傍観者でいたことの
その罰は
誰が負うのか
と……

クモの話 
 今回の作家は書きながら、蜘蛛の巣、蜘蛛の巣とうわ言みたいに呟いている。劇団もっきりや30回公演は「アラクネの恋 ──昨日まで、傍観者だった貴方に」だという。蜘蛛の巣ロジックだと呟かれると、蜘蛛が無性に気になってくる。『蜘蛛』というと子どもの頃、よくジグモの探して遊んだ。袋に住むクモが不思議で面白かった。今から思うと蜘蛛にとって、家を壊すような輩ですごく迷惑だったと思う。クモの巣は、陽にキラと輝き綺麗だったが、巣にかかる蝶に出くわすことがあって怖くなった。その糸は結構粘り強い感触だった。それからアイヌの蜘蛛ヤオシケプの神。4つの手をもつヤオケシプカムイが、野盗からコタンを守る神謡がある。蜘蛛は身近なところに密やかにいるのだ。

「アラクネ」とはギリシャ・ローマ神話で神に挑んだため、蜘蛛に変えられた娘だ。機織の名手で、或る時、彼女は「女神アテナでも私ほどの機は織れないだろう」と言い放った。女神アテナに機織勝負を挑み、アテナは戦争を……神々と人間の闘いで敗北する人間の姿を、アラクネは神が人間の女たちと愛し合う姿をみごとに織り上げてみせた。アテナは怒りアラクネの織物を引き裂いた。絶望して首を吊った彼女をアテナは憐れんだのか、許さなかったのか……彼女を腹から糸を吐いて機織に励む蜘蛛の化身に変えた。

 さて、もっきりやの「アラクネの恋」はどうだろう──この時代のアラクネの巣に捉えられたもの──ここはニホンという国。神のいる処。家族を紡ぐ男、拾われた女、探す女、名無しびと、影のないもの、一心不乱なおんな、忘れられない罪を背負う男……現代のアラクネを巡る物語がここからはじまります。乞うご期待!

紹介 管理人

劇団もっきりや。ひとりとひとり

2件のコメント

  1. 分かった 分からない・・・理解できた 理解できない・・・

    物理や数学の公式を 暗記せずに論理的に証明できた時に
    それを分かったとか 理解できた
    と 言っても差し支えないとかと考える

    しかし人の 心情 生き様 矜恃 自恃・・・について
    どこまで知ったら「分かった」「理解できた」と言えるのであろうか

    昔 天井が桟敷だという覗き見癖のある彼が、
     「一本の木にも流れている血がある そこでは血は立ったまま眠っている」
    と 言ったようだ

    またその彼は
     「つまらない書物というのはないが つまらない読書というのはある」
    とも 言っていたようだ

    それになぞらえるなら

     「つまらない演劇はないが、つまらない観劇はある」

    なので・・・分からなかった 理解できなかったという前に

     「どうか あなたの人生で あたしの台本を汚さないで」

    と 私は言いたい

    つまり 

    右か左か 0か1か 白か黒かの二者択一の尺度で判断してはいけない

    と このお芝居は教えてくれる

  2. ulysseus様
    初日に観劇ありがとうございました。「天井桟敷」のお芝居はいつも血が沸き立ってくるようでした。安心して観劇させてくれない、レッドゾーンに入っていくような……。観劇後、世界は変わって感じられました。当時、生きるのが辛かった私を救ってくれたのが、そんな「演劇」でした。狭い世界から、それは自意識の世界でもあるのですが、解放してくれて、それもいいんだと肯定してくれたので、
    「右か左か 0か1か 白か黒かの二者択一の尺度で判断してはいけない」という言葉から、当時の自分を思いおこしました。
    今回は、もっきりやの原点に戻ったような感覚があります。変わっていないことでした。力及ばずでも、まだまだ投げ返します。ご注意あそばせ。(まだ、アラクネがぬけ着れず、ご容赦を!)

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